初詣からの帰りに半袖姿の早坂君に会った。早坂君はなんだかやけに急いで走ってた。
「早坂君、明けましておめでとう」 「まだ明けてない」 「ぇ」 「まだ俺2004年の9月だから」 「…」 「だからこうやってみんなに追いつくように走ってるの」 「そうなんだ…」 「暑い」 「だろうね」 「多分3月くらいには追いつけると思う」 そう言って早坂君は体から湯気を立てながら走っていった。 早坂君の向こう側に、初日がまぶしく輝いていた。 #
by asi384
| 2005-01-01 07:41
男は間もなく死のうとしていた。ある日、妻に尋ねた。
「あとどれくらい生きるかなあ」 妻は部屋の片隅に置かれた花瓶を指さし、 「あの水仙が枯れるまでは」 と答えた。男は花瓶に活けられた小さく白い花を見て「短いなあ」と笑った。 それから程なくして男は死んだ。 葬式の後、もっと良い嘘があったかしらと一人何度も呟く妻の視線の先に、小さく白い造花の水仙。 #
by asi384
| 2004-12-31 01:29
12月29日には相応しい雨上がりの曇り空の下、スーパーへ寄ろうと駅から出て家とは反対方向に20メートルほど歩くと、思いがけないことに震災で呆気なく潰れてしまったはずの木造平屋建てが見えてきて、ついついそちらに足を向けてしまった。
「ども」 「いらっしゃい」 駄菓子屋のお婆ちゃんは地面より一段高い座敷に敷かれた畳に座って、昔とちっとも変わらない皺だらけの顔をこちらに向ける。そういえば最後にこの顔を見たのは何年前だったろうと記憶を探ってみるも判然としないのだが、ガキにも大人にも同じトーンで「いらっしゃい」を繰り返していたことだけははっきりと思い出す。 6畳ほどの広さしかないであろう薄暗い店の隅には相変わらずスーパーマリオだとかツインビーだとかが入ったゲーム台が幅をきかせて存在感を精一杯アピールしているのだが、1回20円と書かれた紙切れが悲しげな茶色に変色していて、最近ではもう誰にも触られることの無いであろうボタンには薄く埃が積もっている。その脇に小さなアイスのショーケースが置いてあって、それも確かに古ぼけてはいるのだが中のアイスはどういうわけかちゃんと賞味期限の切れていないものばかりが入れられている。どうしようかと一瞬迷ったが、結局ボンボンアイスを一つ掴んでお婆ちゃんの所へ持って行った。 「冬だよ?」 「いいの」 「開けるかい?」 「うん」 50円玉を受け取るとお婆ちゃんはビッと外袋を破り、所々が錆びてしまっている鋏でボンボンアイスのお尻をチョキンと切り落とす。手渡されたぷっくりと膨れたゴムからじわりとバニラアイスが顔を出し始めていて、慌てて口へと運ぶ。 「美味い」 「冬だよ?」 「別に炬燵に入って蜜柑の皮を剥くだけが冬じゃないですよ」 そう言った私の顔を、分からないといった風に首を傾げて見るお婆ちゃんはどこから見ても10何年前と変わったところが見つからなくて、私は心底羨ましいと思った。 がららと今にも壊れそうな扉を開けて外に出ると、全くこれ以上似合う天気は考えられないと思えるほどの12月29日で、横風が差し込むとアイスを持った手が痺れを感じ、振り返るもそこに駄菓子屋は無い。とうの昔に片づけられ、更地となってしまったその場所を眺めていると、やはり冬とは炬燵に入って蜜柑の皮を剥くことなのだと、そう思わずにはいられなかった。 #
by asi384
| 2004-12-29 19:31
すっかり静まってしまった大通りは創作のイメージを掻き立てるには些か力を失いすぎていた。人の声といえば唯一、店先で売れ残りのクリスマスケーキを今日中に捌こうとする売り子のものだけで、それが宛らマッチ売りの少女を連想させるような小柄な女だったので、「赤い服の少女はケーキを売りに雪の降る町へと出かけてゆきました」と始めてみたのだが、どうにもその先が続かない。残念なことに現実に雪は降っていないのだし、売り子の女は父親に折檻されるほど美しくもなかった。ただその声が、ある限定された範囲に於いて非常に耳障りな響きを持っていてどうしようもなく気になってしまったので、私は売り子の近くまで歩いて立ち止まり、タイミングを合わせて女の声を右手で握りしめた。掌を耳のそばまで近づけると「ケーキはいかがですか」「ケーキはいかがですか」と、やけに中域の出っ張った品の無い声が耳に張り付いてくる。そのまま握りつぶしてやろうかとも考えたが、家に帰るまでの暇潰しにはなるだろうと思い直し、ポケットの中でごそごそと声を捏ねまわしながら歩くことにした。途中何度か作り直した声の出来を確かめたのだが、「サンタの格好をした淫乱な雌はいかがですか」というものよりも良い形にはならず、やはりこんな日に表に出るのではなかったと後悔しながら掌を電柱に叩き付け、ぼろぼろと落ちる声を足で踏みつけて消した。
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by asi384
| 2004-12-25 15:18
窓の外は白く、羽音はもう長い間休むことなく続いている。それほどまでに鳩が飛び立つ光景は壮観であり、また不吉でもあった。私は窓を少し開け、鳩の群れに向かって尋ねた。
「誰かお亡くなりにでもなりましたか」 群れから一羽、軌道を外れてベランダの手摺りに掴まった奴がいた。赤い目をしていた。 「まったく、どうしようもないよ」 赤目はそれだけ言って後ろの様子を窺い、頃合いを見計らってまた群れへと戻っていった。まったく、どうしようもない。窓を閉め、振り返った先に散乱するペットボトルの底で変色した液体を眺めていると、そんな言葉を投げつけた赤目の気持ちも、分からなくはなかった。 #
by asi384
| 2004-12-22 17:12
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