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忘却オルゴール
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真冬のアイス
12月29日には相応しい雨上がりの曇り空の下、スーパーへ寄ろうと駅から出て家とは反対方向に20メートルほど歩くと、思いがけないことに震災で呆気なく潰れてしまったはずの木造平屋建てが見えてきて、ついついそちらに足を向けてしまった。
「ども」
「いらっしゃい」
駄菓子屋のお婆ちゃんは地面より一段高い座敷に敷かれた畳に座って、昔とちっとも変わらない皺だらけの顔をこちらに向ける。そういえば最後にこの顔を見たのは何年前だったろうと記憶を探ってみるも判然としないのだが、ガキにも大人にも同じトーンで「いらっしゃい」を繰り返していたことだけははっきりと思い出す。
6畳ほどの広さしかないであろう薄暗い店の隅には相変わらずスーパーマリオだとかツインビーだとかが入ったゲーム台が幅をきかせて存在感を精一杯アピールしているのだが、1回20円と書かれた紙切れが悲しげな茶色に変色していて、最近ではもう誰にも触られることの無いであろうボタンには薄く埃が積もっている。その脇に小さなアイスのショーケースが置いてあって、それも確かに古ぼけてはいるのだが中のアイスはどういうわけかちゃんと賞味期限の切れていないものばかりが入れられている。どうしようかと一瞬迷ったが、結局ボンボンアイスを一つ掴んでお婆ちゃんの所へ持って行った。
「冬だよ?」
「いいの」
「開けるかい?」
「うん」
50円玉を受け取るとお婆ちゃんはビッと外袋を破り、所々が錆びてしまっている鋏でボンボンアイスのお尻をチョキンと切り落とす。手渡されたぷっくりと膨れたゴムからじわりとバニラアイスが顔を出し始めていて、慌てて口へと運ぶ。
「美味い」
「冬だよ?」
「別に炬燵に入って蜜柑の皮を剥くだけが冬じゃないですよ」
そう言った私の顔を、分からないといった風に首を傾げて見るお婆ちゃんはどこから見ても10何年前と変わったところが見つからなくて、私は心底羨ましいと思った。
がららと今にも壊れそうな扉を開けて外に出ると、全くこれ以上似合う天気は考えられないと思えるほどの12月29日で、横風が差し込むとアイスを持った手が痺れを感じ、振り返るもそこに駄菓子屋は無い。とうの昔に片づけられ、更地となってしまったその場所を眺めていると、やはり冬とは炬燵に入って蜜柑の皮を剥くことなのだと、そう思わずにはいられなかった。
by asi384 | 2004-12-29 19:31