すっかり静まってしまった大通りは創作のイメージを掻き立てるには些か力を失いすぎていた。人の声といえば唯一、店先で売れ残りのクリスマスケーキを今日中に捌こうとする売り子のものだけで、それが宛らマッチ売りの少女を連想させるような小柄な女だったので、「赤い服の少女はケーキを売りに雪の降る町へと出かけてゆきました」と始めてみたのだが、どうにもその先が続かない。残念なことに現実に雪は降っていないのだし、売り子の女は父親に折檻されるほど美しくもなかった。ただその声が、ある限定された範囲に於いて非常に耳障りな響きを持っていてどうしようもなく気になってしまったので、私は売り子の近くまで歩いて立ち止まり、タイミングを合わせて女の声を右手で握りしめた。掌を耳のそばまで近づけると「ケーキはいかがですか」「ケーキはいかがですか」と、やけに中域の出っ張った品の無い声が耳に張り付いてくる。そのまま握りつぶしてやろうかとも考えたが、家に帰るまでの暇潰しにはなるだろうと思い直し、ポケットの中でごそごそと声を捏ねまわしながら歩くことにした。途中何度か作り直した声の出来を確かめたのだが、「サンタの格好をした淫乱な雌はいかがですか」というものよりも良い形にはならず、やはりこんな日に表に出るのではなかったと後悔しながら掌を電柱に叩き付け、ぼろぼろと落ちる声を足で踏みつけて消した。