背後から列車の気配を感じ、それでもまだ遠く異国の街で何処かの名も無い赤ん坊がすすり泣いているような微かな気配で、まだ脇へ身を寄せるのには早すぎるであろうと思われ、元のように俯き加減で、二本のレールの間の、敷き詰められた砂利の一つ一つを勘定するかのようにゆっくりと再び北へ歩を進め始めた。真上からの太陽の視線によって線路が焦げる音が聞こえてくるような、安らかな日である。
その人は北からやって来た。私と同じように何も持たず、ただ歩いているといったような雰囲気の、痩せた背の低い人であった。 「ありがとう」 「ありがとう」 北へ、駅を七つ通り過ぎ、南からの列車を八つ見送ったところで私は歩くのを止めた。交わした言葉はそれだけであった。 #
by asi384
| 2005-02-28 14:39
朝、学校に行く途中の道端に人一人入れるくらい大きな雪の固まりが落ちてた。
よく見ると餃子だった。 うっすら透明な皮の中で何かがもぞもぞ動いてた。 気になって皮の合わせ目をぺらっと開くともわっと湯気が立ち昇って、その湯気の中におじさんが気持ちよさそうに寝てた。多分有給休暇ってやつだ。 有給休暇うらやましいなぁと思いながら私は皮を元通り閉じた。 湯気が一瞬で見えなくなって、後にはニンニクの臭いだけが微かに残った。 #
by asi384
| 2005-02-21 17:21
転職決定しまして。
仕事の話を初めて聞いたのが一昨日、担当の方と会って話をしたのが昨日、「決定」って言われたのが今日。 人生ってすごい。 #
by asi384
| 2005-02-19 17:27
顔を売っているのだと少女は言った。筵の上で八つほど、寒さに強張っているのは確かに人の顔であった。一つ良い顔を選んで頬を撫でてみると、何の取っ掛かりも無くするりと指が滑っていった。
「よく手入れされている」 男は初め全く買うつもりではなかったが、日暮れ時の薄暗い路地に人影など見あたらず、「マイニチ、洗イマス」と拙い日本語で答えた少女の手の指の皹から血が滲んでいるのを憐れに思い、「これとこれ、二つもらおう」と男女一つずつを選び、できるだけゆっくりと注文した。どちらも若い顔であった。 「アリガトウ」 少女が紙で包もうとするのを手で遮り、男は買った顔二つを裸のまま鞄の一番上に乗せると金を払い立ち去った。「いつまで此処にいるのだ?」とは尋ねなかった。歩きながら一寸振り返って様子を見てみようかとも思ったが、遙か後ろで指をつき、頭を下げている小さな姿が見えるとどうも居心地が悪いような気がして止めた。歩幅を広げ、家路を急いだ。男は大学で先生と呼ばれている。明日も早い。 #
by asi384
| 2005-02-11 17:59
換気のため窓を開けた。陽が当たらない北向きの窓を一日中覆ったままにしている薄汚れた分厚いカーテンが、か細いレールの手を引きちぎらんばかりに踊った。あまりに嬉しそうに踊るので仕方なく手を解いてやると、強い逆風をものともせず細かい埃を舞い散らせて飛び立っていった。行き先は告げず、俺への礼はもちろん無かった。
#
by asi384
| 2005-02-04 21:16
|
ファン申請 |
||