忘却オルゴール
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日暮れ時
顔を売っているのだと少女は言った。筵の上で八つほど、寒さに強張っているのは確かに人の顔であった。一つ良い顔を選んで頬を撫でてみると、何の取っ掛かりも無くするりと指が滑っていった。
「よく手入れされている」
男は初め全く買うつもりではなかったが、日暮れ時の薄暗い路地に人影など見あたらず、「マイニチ、洗イマス」と拙い日本語で答えた少女の手の指の皹から血が滲んでいるのを憐れに思い、「これとこれ、二つもらおう」と男女一つずつを選び、できるだけゆっくりと注文した。どちらも若い顔であった。
「アリガトウ」
少女が紙で包もうとするのを手で遮り、男は買った顔二つを裸のまま鞄の一番上に乗せると金を払い立ち去った。「いつまで此処にいるのだ?」とは尋ねなかった。歩きながら一寸振り返って様子を見てみようかとも思ったが、遙か後ろで指をつき、頭を下げている小さな姿が見えるとどうも居心地が悪いような気がして止めた。歩幅を広げ、家路を急いだ。男は大学で先生と呼ばれている。明日も早い。
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by asi384 | 2005-02-11 17:59